最高裁判所第三小法廷 昭和43年(あ)320号 判決 1971年3月23日
主文
本件各上告を棄却する。
理由
検察官の上告趣旨について。
所論のうち、憲法二八条、三一条、一八条、二一条違反をいう点は、法律の規定は、可能なかぎり、憲法の精神にそくして、これと調和しうるよう、合理的に解釈されるべきものであつて、地方公務員法六一条四号の規定も、憲法の趣旨と調和しうるよう解釈するときは、争議行為自体が違法性の強いものであることを前提とし、そのような違法な争議行為等のあおり行為等であつてはじめて、刑事罰をもつてのぞむ違法性を認めようとする趣旨と解すべきであることは、当裁判所の判例(昭和四一年(あ)第四〇一号、同四四年四月二日大法廷判決・刑集二三巻五号三〇五頁)とするところであるから、これと同旨に出た原判断は正当であつて、論旨は理由がない。
次に、判例違反をいう点は、所論引用の昭和二四年(れ)第六八五号、同二八年四月八日大法廷判決(刑集七巻四号七七五頁)は、昭和三九年(あ)第二九六号、同四一年一〇月二六日大法廷判決(刑集二〇巻八号九〇一頁)ならびに原判決言渡後の昭和四一年(あ)第四〇一号、同四四年四月二日大法廷判決(刑集二三巻五号三〇五頁)により、実質的に変更されており、また、所論引用の昭和四〇年一一月一六日東京高等裁判所判決(高刑集一八巻七号七四二頁)は、原判決言渡後、前示昭和四四年四月二日大法廷判決により破棄されたもので、原判決の所論判示部分は、前示のとおり、右大法廷判決と同旨のものであるから、刑訴法四一〇条二項の趣旨に従い、原判決を維持するのが相当であつて、論旨はいずれも理由がない。ただ、所論のうち、原判決の判断が所論昭和二六年(あ)第三八七五号、同三〇年一一月三〇日大法廷判決(刑集九巻一二号二五四五頁)と相反するとの点は、原判決は、憲法二一条の観点から、地方公務員法六一条四号の規定は前示のように限定的に解釈すべきものである旨判示しているところ、右大法廷判決は、同号の規定につき何ら限定的解釈をすることなく、これが憲法二一条に違反するものではないとの見解をとつているのであるから、原判決は、右大法廷判決と相反する判断をしたことになるものといわなければならないけれども、前示昭和四四年四月二日大法廷判決および昭和四一年(あ)第一一二九号、同四四年四月二日大法廷判決(刑集二三巻五号六八五頁)の趣旨に徴すれば、事実の確定した事実関係の下においては、原判決が、本件争議行為は、その目的、手段方法、期間、国民生活に及ぼした影響等に照らし、違法性が強いものとはいえないから、被告人らの本件行為はすべて地方公務員法六一条四号に該当せず、無罪とすべきものであるとしたのは、その結論において正当であつて、原判決には所論の判例違反があるが、この判例違反の事由は、刑訴法四一〇条一項但書にいう判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合に当たり、原判決を破棄する事由とはならない。
よつて、同法四〇八条により、本件各上告を棄却することとし、主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官下村三郎、同松本正雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官下村三郎、同松本正雄の反対意見は、次のとおりである。
原判決は、地方公務員法六一条四号の解釈を誤り、罪となるべきものを罪とならないとする違法を犯したもので、破棄されるべきものと考えるが、その理由の詳細は、昭和四一年(あ)第四〇一号、同四四年四月二日大法廷判決(刑集二三巻五号三〇五頁)の裁判官奥野健一、同草鹿浅之介、同石田和外、同下村三郎、同松本正雄の反対意見と同趣旨であるから、ここにこれを引用する。(飯村義美 田中二郎 下村三郎 松本正雄 関根小郷)
<検察官の上告趣意は、福岡県教組事件のそれと同一であるから、省略>